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逃げ道 【投稿日 2006/11/27】 カテゴリー-笹荻 今更怖じ気づいたってもう遅い。 これは私にこんな気持ちを植え付けたあなたへの罰なのだ。 荻上は今幸せのまっただ中にあった。彼女にはとても大切な人がいて、 相手も自分のことを大切に思ってくれている。この大切な人とは当然笹 原のことである。それまで、自分の趣味をひた隠しにし、そんな自分が 大嫌いであった彼女を受け入れてくれた、とても愛しい人。一緒にいる だけで幸せな気分になれる、今や自分にとっては無くてはならない存在。 荻上にとって、笹原が近くにいるということの意味は大きい。 が、懸念が一つある。最近、笹原の態度が何となくそっけないのだ。 会話をしていてもどこかぼんやりとしているし、荻上が新しい服を着て みてもその反応は薄い。デートに出かける回数も少なくなっている気が する。極めつけは、今朝のキスの拒否だろう。付き合い始めてからしば らくして、笹原が荻上の家を出る際に際にキスをすることが習慣になっ た。最初は照れくさかったのだが、今ではそれをしないと気分よく笹原 を見送れない。ところが今朝、荻上が笹原に顔を近づけると、彼は彼女 を押し返し、「じゃ、急ぐから」と言ってそのまま玄関を出て行ってし まった。 ―――やっぱり、おかしい…。 そう思うのは当然であった。以前の笹原は、荻上がキスをすれば、本 当にうれしそうな顔をしたものである。ところが今では、それすらない。 荻上は、一度笹原を問いつめようと思った。 数日後の夜、荻上と笹原は外で食事をとっていた。高級そうな印象の フレンチレストランで、場所は笹原が選んだ。彼は会社の付き合いなど で外食に行くことが多いらしく、こういう場所に詳しくなってきている。 しかし、荻上の機嫌は悪かった。久しぶりのデートにも関わらず、であ る。 「荻上さんどうしたの?なんだかあんまり食べてないよね?」 不審に思った笹原が聞いた。 「…なんでもないです」 荻上がそっけなく答えると、笹原は苦笑した。 「なんでもないわけないんじゃない?俺から見たら、相当つまんなそう なんだけど」 「…………」 「そういう隠し事、無しにしようよ」 その言葉を聞いた荻上は、顔を上げて笹原をにらみつつ、言った。 「じゃあ、言いましょうか?…私の機嫌が悪いのは、最近、誰かさんが 全然相手にしてくれないからですよ」 笹原が驚いてその言葉に反応する。 「誰かさんって、俺?相手にしてないつもりは無いんだけど…」 「私にはそう見えます!」 思わず荻上は声を荒げてしまった。周囲の客たちが驚いてこちらを見て いることに気づいて、彼女は小さくなる。 「落ち着いてよ。俺は荻上さんがすごく好きだし、大事に思ってる。別に 冷たくしてるとか、そんなことは全然ないよ。…俺、何か変なこと、した かな?」 笹原は、わけがわからない、という表情で聞く。 「…この間、キスしてくれなかったじゃないですか…」 「この間って、いつ?」 「私の家に来た時ですよ。帰る時は、いつもしてくれてたじゃないですか」 「ああ、あのことか…。いや、そのときは、そういう気分じゃなくてさ」 弁解する笹原は、明らかに歯切れが悪かった。 「そういう気分じゃないって、どういう…」 荻上がそういいかけると、笹原はメニューをとり、 「この店で季節限定のデザートがあるんだよ。結構評判いいんだけど、食 べる?」 と、話をはぐらかしてしまった。荻上は何かを言う気が失せた。 「アニキが冷たい?」 都心部にほど近い、とある喫茶店の店内で恵子が声を上げた。もちろん、 その相手は荻上である。 「ええ…。最近の笹原さん、なんだかおかしいんです」 荻上の表情は深刻そうだ。恵子がさらに聞く。 「おかしいって具体的には?何か変な行動とったりとかしてんの?」 「そういうわけじゃないんですけど、なんかそっけないっていうか…」 「考えすぎじゃね?妹のあたしがいうのもなんだけど、あいつ優しいし、意味も なくそういう態度取れるタイプじゃないよ?」 「じゃあ、そういう態度を取ることになにか意味があるんじゃないですか?」 逆に荻上が聞いた。明らかにいらだっているといっていい。 「意味があるって…例えば?」 「例えば…。浮気…しているとか…」 荻上の返答に恵子は一瞬固まり、そして吹き出した。 「あはははは!ありえねー!あいつにそんな甲斐性あるわけないじゃん!」 彼女のそんな反応を見て、荻上は顔を真っ赤にしながら、 「今のは笑うところじゃないです!」 と、声を大きくした。それでも恵子は笑うのを抑えられないようだ。 「はははっ…ははっ…。いや、ごめん。…でもさ、ホントにねーってそんなこと。 あいつマジで奥手でさ、中学や高校の時なんか好きな人がいても告白なんかで きなかったんだから。だからちゃんとした彼女が出来たのってあんたが最初な んだよ。他に女作る余裕なんてないと思うなあ」 「でも、万が一ってこともあるじゃないですか」 荻上はさらに食い下がる。恵子はそんな彼女に微笑みながら、 「安心しなって。アニキがおねーちゃんを愛してることはあたしもちゃんと知 ってるから。あいつあたしに会うたびに言うんだぜ?『この間の荻上さんはこ んな服来てた』とか、『荻上さんはああだった』とかね。もうウザいくらいの ろけててさ。そんなの余計な心配だって」 と、荻上をなだめた。それを聞いた彼女は少し安心したように、 「そうですか、それならいいんですけど…」 とつぶやき、手元にあったコーヒーをすする。その後、 「まあ、あいつが浮気なんかしたらあたしはむしろ褒めてやりたいけどね」 と、恵子が言った途端、荻上は表情を変え、 「…それ、本気で言ってるんですか?」 と、低い声で聞いた。彼女の雰囲気にはっとした恵子は、 「わりい…冗談だよ…」 と言って罰の悪い顔をした。 軽快なメロディーで笹原の携帯が鳴った。彼は発信源を確認し、荻上の方を ちらりと見てから、応対するために外へ出て行った。 ―――私の前で出ればいいのに。 最近、笹原に対して疑心暗鬼になっている荻上は、笹原が応対している相手 が気になった。そのため、彼女は笹原のいるキッチンと、そして自分の部屋を 分け隔てているドアに近寄り、聞き耳を立てた。 「うん…そう。それでちょっとお願いしたくてさ…」 一体何をお願いしたいというのだろうか。最近の笹原の態度と関係があるのだ ろうか。 荻上は注意深く笹原の会話を聞いていたが、彼は電話中、具体的なことは一 つしかいわなかった。「うん。じゃあ、明日の三時に…」と、いうのがそれで ある。 笹原は電話を切った後、部屋に戻り、 「ごめん、急ぎの用事ができたよ。だから明日は会えないから」 といった。 「急ぎの用事って何ですか?」 荻上は当然の疑問を口にする。それに対して笹原は、 「うん…まあ、ちょっとね…。仕事」 この時点でいう明日、というのは日曜であり、笹原の担当している作家の締 め切りはしばらく先のはずであるから、当然笹原は休みのはずなのである。 「…ああ、そういえばもうこんな時間なんだ。じゃあ、おれは帰るよ」 時計の針は午後5時過ぎを指していた。普段の彼ならば、まだ荻上と別れるに は早い時間である。先ほどの電話といい、この時間帯といい、明らかに今の笹 原はおかしい。荻上はそのことについてはあえて追求せず、 「そうなんですか。それじゃあ、また…」 といって、笹原を送り出した。 翌日の二時頃、笹原は鉄道のホームで電車が来るのを待っていた。あまり落ち 着いた様子ではない。そして、そんな彼を少し離れた場所から注意深く観察す る二つの人影があった。荻上と恵子である。 「だから前にも言ったじゃん…考えすぎだって…」 「そんなことないですよ…本当に変なんですから…」 ひそひそ声で離す女の二人組がいるのは端から見れば奇妙だったが、幸いなこと に笹原本人はそのことに気づいていない。何度も時計を確認しては、電車の案内 表示に目をやっている。 そのうち、快速電車がホームに滑りこんで来た。笹原はどうやら都心部へ向か うつもりらしい。 「ほら、行きますよ!」 「はいはい…」 荻上と恵子は、笹原にばれないように、彼の乗っている車両の一両後ろに乗り込 んだ。笹原は車内で、携帯のメールをチェックしては返信するということを繰り 返していた。 「さっきから何度も…相手は誰なのかな…」 「そんなこと言い出したらきりねーぞ…」 笹原に不信の目を向け続けている荻上を、恵子は繰り返しなだめていた。別に今 回のことに対して無条件に楽観視していたわけではない。「浮気をしたら褒めて やりたい」と言っていた恵子であるが、もちろんそれは本心ではなく、むしろ浮 気をしているかもしれないという疑惑が本当のことであってほしくない、という 気持ちの方が強い。誰よりも長く笹原とつきあってきた彼女は、そういう風に彼 の弁護をすることで、実の兄の誠実さを信じ込もうとしたかったのかもしれない。 新宿駅で笹原が電車を降りたため、二人もその後を追った。あくまでも本人に は気づかれないように、である。公園まで来ると、笹原は立ち止まり、周囲を見 渡したため、荻上と恵子はあわてて物陰に身を隠した。どうやら、ここで待ち合 わせをしているらしい。 「さっきのメールの相手っすかね…?」 「ん…じゃねーかな」 ここまで来るとさすがに恵子も不安になってきた。さきほどまでの荻上をなだめ ようとする姿勢は多少弱いものとなっている。 十五分ほど待っただろうか。いきなり、笹原が荻上たちのいる方向とは別の方 向へ手を振った。二人がその方向へ目を向けると、同じく手を振りながら笹原に 近づいてくる一人の女性がいた。遠目では詳しいことはわからないが、かなりの 美人である。 「誰だ、あの女…!」 「ちょっと、落ち着けって!」 下手をすれば笹原たちに向かって突進して行きそうな荻上を、あわてて恵子が止 める。 「まだ決まったわけじゃねーんだから。ここはしばらく様子をみよ?な?」 荻上はまだ何か言いたそうであったが、ここはこらえたようだ。笹原たちを観察 する姿勢に戻った。 当の笹原は、例の女性と一言二言、言葉を交わし、そのまま二人で歩き出した。 当然、そのあとを荻上たちがつける。 尾行されているとはまったく想像していない笹原は、女と雑談をしながら、迷 うことなく歩いて行った。そのうち、二人は洒落た雰囲気のレストランに入った。 一瞬、荻上は怒りで血が沸騰しそうになったが、それを察した恵子がなだめ、笹 原の様子を見ることにした。 二人は窓側の席に座っており、外からはそれがよく見える。笹原が何かを言え ば、女性がそれに答えるように笑い、女性が何かをしゃべりだせば、笹原はにこ にことそれを聞いている。第三者から見れば、まるっきりデートである。 「あたしのことを放っておいて、自分は知らない女とメシってか…!」 「まだだ!まだわかんねーから!」 恵子の声が先ほどよりも鋭い。ここまでくると、浮気は事実かもしれないが、ま だ、信じたくない。 レストランでの食事を終えた後、二人は再び新宿の街を歩き出した。今度も迷 うことなくまっすぐ歩いて行く。当然、その後を荻上と恵子がつける。 ―――次はどこへ向かうんだろう。目的がないのならこんな歩き方はしないは ず…。 後をつける二人がそのようなことを考えていると、ふいに笹原がとある店を指 差した。高級そうなジュエリーショップである。女性が笹原に何かを語りかけ、 笹原がうなずいて、二人は中に入って行った。しかも、入るときに女性は笹原と 腕を組んでいた。 「そんな……そんな…」 それを目撃した荻上は顔面蒼白となり、オウムのようにそのような言葉を繰り返 していた。そして、恵子は視線をまっすぐ前に向けながら、 「ふざけやがって…確定かよ…」 とつぶやいた。 次の日の荻上は、あまりのショックに自分の部屋の中でふさぎ込んでいた。前 日にどのように帰ったかは覚えていない。途中まで恵子と一緒にいたことは確か だが、いつ、どこで別れただろうか。 ―――どうしよう…どうしよう…。 荻上は心の中で叫び続けている。笹原が奪われてしまう、という危機感は、それ までの彼女が感じたことのない深刻さをともなっていた。笹原の心が荻上から離 れようとしている。笹原を取り戻さなくては、とは思うが、そのためにはどのよ うな方法があるのか。この際、どんな卑怯な方法でも構わない。とにかく、笹原 を自分の側から離れないようにしなくてはならない。 かなりの時間、荻上はそのようなことを考えながら部屋の隅でうずくまってい たが、突然、 「ふふ…ふふふふ…」 と、笑い出した。 「そうか…そういうことか…。なんだ、簡単じゃない…」 彼女の頭の片隅に、一つの方法が思い浮かんだのである。ただし、体を張る必要 はあるが、今の彼女にとってはそのようなことはどうでもいい。 方法というのはこうである。まず、飲み会などの名目で笹原を自分の部屋に呼 び出し、こっそりと睡眠薬を飲ませる。粉末にしてさりげなく酒の中に混ぜてお くのがベストだろう。アルコールとともに服用することで睡眠薬の効果は倍増す る。そして、眠りに落ちた笹原を身動きの取れないようにベッドに縛り付け、そ の状態で襲ってしまえばいい。幸いにして危険日が近い。「妊娠した」と言えば、 笹原は責任を感じて二度と自分から離れることなど考えなくなるだろう。大学の ことなどこの際二の次である。冷静に考えれば穴だらけの作戦なのだが、荻上に そのような余裕はなく、これが笹原の逃げ道をふさぐ最善の方法だと信じた。 「ふふふ…逃げちゃダメですよ笹原さん…私以外のことを考えられないようにし てあげます…」 口元は笑っているし、笑い声も出ている。だが、なぜか涙が止まらない。そして、 その源泉となっている瞳の色は、もはや狂人のそれに近かった。 数日後、作戦の決行日が来た。笹原の仕事のスケジュールと、自分の生理の周 期を照らし合わせて、この日、と決めたのである。 「わあ、豪華だなあ!今日なんかあったっけ?」 と、笹原が言った。それに対して荻上は、 「いえ、特に何もないですけど、たまにはいいじゃないですか」 と、言い逃れた。笹原はそれを不審に思うこともなく席に着いた。 「あと、ワインもあるんですよ」 「へえ、何?」 「ボージョレー・ヌーヴォーです。この間解禁になりましたから」 そういって荻上はワイン入りのグラスを差し出した。中には睡眠薬が入っている。 この日の前日に心療内科に行って貰ったもので、「眠れない」と言ったら割と簡 単に処方された。元は青い錠剤で、ハルシオン、と言うらしい。 荻上はもう一方にグラスを手に取ると、 「じゃあ、乾杯しませんか?」 それに対して笹原は、 「あ、ちょっと待って」 と、言った。予想外の反応だ。笹原は手元のバッグの中に手を入れ、「ええと、ど こだったかな…」などとつぶやいている。 そのうち、荻上に一つの小箱が差し出された。予想外の展開に混乱している荻上 は、 「なんですか、これ?」 と、素直に聞いた。 「ん…まあ、開けてみて」 と、笹原は言うだけである。荻上はそっと箱のふたを開けた。 指輪であった。ダイヤモンドに装飾が施されている。 荻上は固まったままである。 「どうしたの?」 と、笹原が聞くと、先ほどよりもさらに混乱している荻上は、 「あの、これ、指輪に見えるんですけど…」 と、間の抜けた質問をした。それに対して笹原が答えた。 「うん、最近買うかどうか迷ってたんだけどね…。いわゆる、『給料の三ヶ月分』 ってヤツ」 「!!」 「つまりは、そういうこと。荻上さん…俺と、ずっと一緒にいてくれないかな?」 その瞬間、荻上の目に涙があふれた。どうやら、自分が空回りしていただけだった ようだ。笹原の心は、ずっと彼女の隣に並んでいた。 「で、でも、最近冷たかったじゃないですか。…どうして?」 「ああ、そのことか…。うん、俺も色々悩んでてさ…マリッジ・ブルーって言うの もおかしいけど」 「…………」 「『本当に、俺は荻上さんを幸せにできるのか?』とか、『俺は荻上さんにふさわ しいのか』とか考えてたら、どんどん深みにはまっていったんだよね…。それで、 最近荻上さんに変な態度とってたかもしれない。…ごめん」 笹原は謝った。だが、謝らなくても、荻上は笹原を許していただろう。 「それで…その指輪、受け取ってくれないかな?」 「…!と、当然です!一生大事にして、墓の下まで持って行きます!」 それを聞いた瞬間、笹原はとてもうれしそうな顔をした。 ―――ああ、私が見たかったのは、この笑顔なんだ…。 ようやく見れた。逆に、自分が変な行動を起こしていたら、この笑顔はおそらく死 ぬまで見れなかっただろうと思うと、荻上は自分が怖くなった。 そういえば、疑問が一つあった。荻上はそれを口にする。 「ところで、この間新宿で一緒に歩いていた人って誰ですか?」 「えっ…荻上さん、見たの?」 「あっ…!い、いえ。たまたま買い物で行っていたら笹原さん達を見まして…」 彼女は下手な嘘をついた。だが、笹原はそれを疑問に思うことはなかったらしい。 「うん、会社の同僚。女の人の趣味って良くわからないし、そういうものって一生 物じゃない?だからついて行ってもらって、一緒に選んでもらってたんだよ」 「そ、そうだったんですか…」 荻上は本当の意味で安心した。浮気相手ではなかったのだ。ところが、笹原はこん なことを口にした。 「そういえばあの人、相談した時は変だったなあ…なんか妙に難しい顔してさ。最 終的には『お詫びに食事をおごれ』とか言ったしね。何が、お詫びに、なのかもよ くわからないし…」 荻上ははっとした。しかし、笹原は理由が本当にわからないらしい。空中に視線を 向けて首をひねっている。 「と、とりあえず飲みましょう!」 彼女は笹原の思考を断ち切るために大きな声で言った。笹原は驚いたように、 「あ…うん。そうだね。…乾杯!」 といって、一気にワインを流し込んだ。それを見た荻上は、その中に睡眠薬が入っ ていたことを思い出した。 「さ…笹原さん!!ちょっと待って!!」 と、彼女が言ったときには既に遅く、飲み終えた笹原は、次の瞬間にはテーブルに 突っ伏して寝入ってしまっていた。 「やべー…どうしよう…」 そう荻上はつぶやいた。しかし、「その中には睡眠薬が入っています」とも言えな いし、笹原のプロポーズを受けることが出来たのであるから、結果としてはオーラ イであろう。 荻上は笹原を引きずり、ベッドの上に寝かせた。もちろん、縛って襲うようなこ とはしない。 すやすやと寝息を立てている笹原の顔はとても穏やかだ。この先もこの顔を見て 生きて行けるのだ、と思えば、荻上としては何も言うことがないが、一つだけ不安 がある。この件でわかったことだが、笹原が案外女性にモテるということである。 当の本人にとっては失礼な話かもしれないが、荻上は、彼があまり女性受けするタ イプではないと思い込んでいたのである。しかし、それでも構わない。言い寄る女 はすべて追い払う。荻上はそこまでの覚悟を決めた。 幸いなことに、この荻上の覚悟にかなりプラスになる材料がある。 笹原は、女性からのアプローチに鈍い、ということである。 おしまい
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2月14日 【投稿日 2007/02/15】 カテゴリー-斑目せつねえ 斑目は無いに等しい可能性を理解しながらも、現視研の部室へ向かった。 -ガチャ 部室には誰もいなかった。 新会員が置いてったのか、最新の格ゲーや同人誌が時の流れを感じさせた。 久しぶりに、この部室でコンビニ弁当を食う。 -ガチャ 新会員か!?斑目は一瞬焦りながらも、見たことある顔にホッとした。 一段と女性っぽくなった荻上だった。 荻上「斑目先輩!?こんにちわ、えれー久しぶりですね。」 斑目「や、やあ荻上さん、こんにちわ。なに、意外?」 荻上「そりゃー・・全然げんしけん来てなかったじゃねですか。1年ぶりくらいですか?」 斑目「ん?ああ部室来るのはそうね、荻上さんは来月卒業だよね?」 荻上「ええ、まあ。そいや去年の、この日ですよね?斑目先輩、最後に部室来たのも」 斑目「え・・あ・・いや、たまたまだよね、たまたま、アハハハハー」 1年ぶりの荻上との会話。標準語と東北弁の混ざった喋りも久しぶりだ。 荻上とメンバーのことについて語り合った。 斑目は久我山が相変わらず営業でヒーヒー言ってることを伝えた。 荻上からは田中の生活が安定したら、大野さんとの婚約も考えてるらしいことを聞いた。 また俺だけ知らなかった、田中のヤロウ 朽木君は知らない。 斑目「笹原はどうしてんの?いやー最近メールしてなくてさ」 荻上「え・・いや最近は仕事忙しいみたいで、私も漫画の〆切とかで会ってねくて」 2人の色々とあるみたいなので、それ以上は聞けなかった。 メールでは頻繁にやりとりしてるらしいので、そう心配することもないだろう。 斑目「あ、うーんと、あー高坂と春日部さんは相変わらずなのかなー」 荻上「え、いや、あのー・・」 斑目「?」 荻上「なんか婚約するかもって春日部先輩からメールあったんですよ」 斑目「!!っ・・ふーん、あ、そそーなんだ」 荻上「・・あーいや、まだメールだけだし‘かも’って言ってたんで、まだわかんないですけど」 斑目「うーん、いや、まあ、あの2人にしちゃ遅えーやなって感じ?w」 荻上「・・春日部先輩はNYに店出すみたいで、しばらく向こうに住むらしいですよ」 斑目「ふーんNY・・その前に高坂とってことかなw」 荻上「・・あ、高坂先輩は相変わらずゲーム制作で大変みたいです」 斑目「ハハ、高坂は自分のゲームとか作んねーのかなw」 -ガチャ 「こんちわー。」「あれ、お客さんですか?」 ゾロゾロと見慣れない新会員達が入ってきた。 現視研も、なんとか存続していきそうだ。 荻上に新会長を紹介してもらい、10分くらいオタ話に浸った。 斑目「じゃ、俺そろそろ」 荻上「あっ、斑目先輩」 意外にも、荻上からチョコを貰った。 新会員にも配ってる、当たり前だが義理であることは明白だった。 外へ出ると、冷たい風が妙に心に痛かった。 サークルのチラシが風で舞う中、斑目は引っ越して環境を変えることを考えてた。 そして、もうここへ来ることもないと感じた。 斑目「卒業か・・」 2月14日/おわり
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指 【投稿日 2006/03/11】 カテゴリー-笹荻 管理人注 前にあったSSとタイトルがかぶってしまったため、管理のため 違うのをつけさせていただきました。何かあればメールください。 笹原と荻上の交際は順調に進んでいる。 今日は荻上の部屋で「笹斑」の鑑賞会だ。 「う~ん、相変わらずすごいねえ」 「そ、そうですか?」 「だって、このシーンなんか…あれ、これ何?」 原稿に挟まった一枚のメモ用紙。 片方は見慣れた強気笹原だが、もう片方は…女性? 大きくてきつい目。小さい体。凹凸少なめ。収まりの悪い髪の毛。 これって… 「あ!!」 荻上が慌てる。 「見ないで下さい見ないで下さい見ないでー!!」 「いてっ」 大慌てで奪い取る。握りつぶしてくずかごへ捨てる。 振り返ると笹原が自身の指先を見ている。血がにじんでいる。奪った時に切ってしまったようだ。 (大変だ笹原さんを傷つけてしまった血が痛そう手当てしないとどこにしまったっけああ血がこぼれるそうだ!) パク。 笹原の指を咥える。 「おおお、荻上さん!?」 口に広がる血の味。 荻上の心に罪悪感が満ちる。 (ごめんなさいごめんなさい) 心の中で謝罪を続けながら傷口を優しく舐める。 意外と傷が深かったのか舐めた側から新たな血が湧き出る。 血の味のする唾を飲み込み、再び傷口を舐める。 笹原の頭の中は真っ白だ。 荻上さんが指を舐めている。目を伏せて一生懸命に。飲み込むたびに小さく動くのど。手にかかる息。指先に触れる暖かくて柔らかな… それはさっきまで見ていたあのシーンを思い出させて。 強気スイッチ、オン。 指をゆっくりと引き抜く。まだわずかに血のにじむ指先で唇をなぞる。もう片方の手で荻上の顔を上向かせると、唇を奪う。舌を差し込む。荻上の目が大きく見開かれる。 かすかな血の味を感じながら荻上の口の中を蹂躙する。 右手は服の上から胸を触る。 左手で荻上の背中を支えながらソファに押し倒す。そのまま左手は腰を経て太ももへ。 笹原の唇は荻上のそれから離れ、うなじへと吸い付く。 「だめ、笹原さん…傷の手当てしないと…ん!…だめですって…やん!…だから、だめ、って・・・」 荻上の声を堪能しながら、笹原の手は荻上の服の下へと潜りこみ… …その瞬間、荻上の中で何かが切れた。 右手で笹原を押し返す。左手を大きく振りかぶる。そして欲望で染まった笹原の横っ面を ばっちーん!! 思いっきり張り飛ばした。 目をしばたかせる笹原。 その隙に笹原の下から抜け出す。服の乱れを直す。机の引出しからバンソーコーを取り出し、手際よく笹原の指先に巻きつける。 「はい!手当て終り!!」 手の甲を少し強めに叩く。 「まったく笹原さんは…」「ゴメンナサイ」 「まだ日も高いのに…」「ゴメンナサイ」 「ケダモノですね」「ホントーにゴメンナサイ」 平謝りする笹原。それを見ていた荻上は軽く吹き出す。 「もういいですよ」 「よかったー」 心底ほっとした様子の笹原。荻上は右手をあげ人差し指を立てると、胸を張って宣言する。 「えっちなのはいけないと思います!」 「「あはっはははは!」」 二人で笑い転げる。 仲良き事は美しき哉。 その夜。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「ふふ、指を舐められただけでここをこんなにして… 斑目さんは本当にいやらしいですね」 「そ、そんなこと…」 「おや、じゃあこれは何なんです?」 笹原の手が斑目のものをきつく握り締める。 「ち、違うんだ笹原、あ、あ、ああーーー!!」 斑目は苦痛と歓喜の声を上げる… ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 荻上の部屋の明かりは早朝まで消えなかった…
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嬉し涙 【投稿日 2006/02/11】 カテゴリー-笹荻 嬉し涙(笹荻成立後。トラウマ克服後の話) 笹原が部室に顔を出すと、春日部さんがいた。 「よー!笹原。」 「やあ、高坂君は?」 「ん、今日はなんか会社から呼び出しかかったらしくて。もう帰っちゃったよ。」 「そうなんだ。」 (…用がないのに部室に来るなんて、春日部さんも変わったなあ…) 「…で、どうよ?荻上とは。仲良くやっちゃってんの?」 「ハハ…まあ…」 「うわそのデレデレ顔。ムカつくー!!」 最近春日部さんに会うたびに言われる。 嫌味だなあと思っていたが、最近高坂君がずっと忙しくてかまってくれないのが、きっとさみしいんだなと気づいた。 …荻上さんと付き合うようになってからだ。こんなことに気づくようになったのは。 「でも…」 笹原の顔が少し曇る。 「ん?どしたの?」 「…荻上さんが…よく泣くんだ。」 「…アンタ、無神経なこと言ってんじゃないでしょうね」 「…そんなことしてないと思うんだけど…。ただ普通にご飯食べてて『おいしいね』とか話してる時に涙ぐんだりするんだ」 「へえ?何で泣くんだろね」 「わからない。僕も理由聞くんだけど、『何でもないです』っていうばっかで…」 「ふーん…気になるね。」 春日部さんは、からかいはしても、荻上のことを人一倍心配している。 「でも俺、気づかないうちになんかしたのかも…よかったら春日部さんも聞いてみてくれないかな?」 「わかった。」 「…て、笹原がいってたんだけどさ」 「……」 またからかわれるのかと身構えていた荻上は、心配そうに荻上を見る春日部さんに、むしろ動揺していた。 「笹原が心配してたけど…『俺なんかしたのかな』って」 「笹原さんは悪くないです!」 荻上はショックだった。また私、笹原さんに心配かけて… 「…じゃあ、なんで?」 「……」 荻上は恥ずかしそうに横を向く。 「…嬉し涙なんデス」 「へ?」 「ああ幸せだなって実感したときに、つい…」 「あー、何だ、そうなんだ。良かった!」 「…え?」 「いやまた一人で悪いほうへ悩んでるんかと思ってさ。…それならそうと、笹原にいってやんなよ。安心させてやりな」 春日部さんは安心したように笑う。この人も、何故こんなに心配してくれるのだろう、そう思うとまた泣きそうになった。 「…嬉し涙…」 「…だから、笹原さんは悪くないデス」 荻上の部屋で、笹原は荻上に話を聞いた。 「ん、そっか。安心したよ。…荻上さんって意外と感激屋?」 「そ、そんなことないと思いますけど。ただ嬉しくて。笹原さんといられることが」 「……」 (荻上さん…それだけで嬉し泣きしてくれるんだ…) 笹原は胸が熱くなった。 抱きしめたくなった。……でも急にそんなことしたら怖がられるかもしれない。そう思うとできなかった。 今まで何度そう思ったろう。付き合って2週間たつが、未だにこんなんだ。我ながら情けない。 (…手つなぐくらいなら) そう思って荻上さんの横に寄り、手をつないだ。 何とかして今の気持ちを態度で表したかった。 笹原が近くに寄ってきたのでどきっとした。 気づいたら手をつながれていた。 (………笹原先輩の手、あったかい) つながれたほうの手に目が行く。 すると笹原と目が合いそうになり、恥ずかしくて思わず下を向く。 視界の端のほうに笹原のあごや口元がみえる。 (……キスってどんな感じなんだろ) ふと思った。思ってすぐに赤面する。 (うわーーーーーー!!私何考えてんだァ!?いや別にそんなこと思ったわげでねくて…って誰に言い訳してんだ私!!) 顔がどんどんほてっていくのが分かる。 (荻上さん嫌がってないな、良かった……ん?) ふと荻上さんの顔を見ると、真っ赤になってきつく目をとじたままうつむいている。 「お、荻上さんどうしたの?あ、手つなぐの嫌だった?」 慌てて手を離そうとするが、逆に手をつかまれる。 「いや違うっす…嫌じゃありません!大丈夫です!」 予想外の行動にでる荻上に、笹原はびっくりする。 そしてだんだん嬉しさがこみあげてくる。 「…ほ、ほんとに大丈夫?…どうかした?」 変わらず真っ赤になって目を合わせない荻上を見て、心配になる。 「何でもありません!」 「…言ってくれないとわからないよ」 荻上は焦る。(い、言えねーーーーーーー!!) 「…ほ、ほっといてください!」 (…しまった…) またやってしまった。またキツい言い方してしまった。 沈黙の中で、荻上は後悔にかられ、うなだれる。 (私はいつもこうだ。変なプライドが邪魔して頑なに拒絶する。) 現視研にくる前を思い出す。孤立しがちな荻上に、手をさしのべてくれる人は何人もいた。 だがいつも頑なに拒んできた。拒まれた側は、ある人は傷ついた顔をし、ある人は怒りに顔を歪め、ある人は誰よりも冷たくなった。 仕方がないと思っていた。私はどうしてもきつい言い方しかできない。変えられないのだと。 (でも) また泣きそうになる。 (好きな人にさえ、こんな風にしか言えないのか私は) (…いや、だめだ。こんなんじゃ) 荻上はぐっと涙をこらえる。 (私は変わらないと。そうじゃないと笹原さんに申し訳ない) 暗いほうにばかり傾いていた気持ちに歯止めがかかる。 笹原さんが、まだ手をつないだままでいてくれるから。 「…さ、笹原さん……」 「落ち着いた?」 笹原は荻上のほうを向く。いつもと変わらぬ笑顔。 ああもう、この人は本当に……… 「…あの、私、その…ごめんなさ…」 動揺して言葉が紡げない。 「荻上さん、ごめん」 「えっ?」 何が?と思った瞬間、笹原の顔が近づいてきた。 「ーーーーーーっ!」 真っ赤になってうつむく荻上を、笹原が抱きしめた。 (………へ?) 「いや…その、泣きそうになってる荻上さん見てたらつい…」 言い訳しながら抱きしめる笹原の言葉が直接頭に響いてくる。 (なんか………すごく安心する) 「だ、だから…急に、ごめん」 「言わなくていいですよ」 「え?」 「何も言わなくていいです…」 荻上の体からどんどん力が抜けていく。笹原にもたれるように体重をあずける。 (伝わってるかな、私の気持ち…) 荻上の強ばっていた体から力が抜けていくのを感じ、笹原は心底ほっとした。 (…嫌がってないってことかな。というか、甘えられてる…?) くすぐったいような気分になる。 (こんな簡単なことだったんだな…。勇気出して良かった) こんなことで、荻上さんを安心させられるんだ。 しばらくして笹原は体を離した。 「ふう…なんか満足した。ありがとう」 「え…」 「ん?」 「いえ…」 荻上はまた何か言いたそうな顔をして横を向く。 「何?言ってみてよ」 「言いません」 「言わなきゃわかんないよ」 「察してください」 「そんな、ニュータイプじゃないんだし…あ、もしかしてもうちょっと抱きしめて欲しかった…とか?」 「えっいや、そうでなくてあの…………何でもないデス」 (さっき考えたことは、まだ秘密にしておこう…) 「ええーーーー?」 子供のようにがっかりした声を出す笹原に、少しおかしくなって噴き出す。 「ふふっ…」 なぜ笑うんだろう?と思ったが、つられて笹原も笑う。 「あはは…」 ふと見ると、また荻上さんは涙ぐんでいる。 「…嬉し泣き?」 思わず聞くと荻上さんは頷いた。 「そうデス」 END
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気付いた時が恋のはじまり 【投稿日 2007/01/15】 カテゴリー-笹荻 気付いた時が恋のはじまり ~よくある歌の一節 梅雨直前のある日の事。 大学へ向かう途中で、荻上は道路に、おそらく子供が書いたのであろう落書きを見つけた。 ○×△□。 へのへのもへじ。 何処かの誰かの顔。 デフォルメの効いた人間像。 荻上は何となく微笑ましく思いながらそれらを眺める。 ふと自分の過去を振り返る。 家の前の道路に、親に呼ばれるまで好きに書き殴っていたあの頃。 落書き以下のあの絵を誉めてくれた、父親の笑顔を思い出す。 多分あの笑顔が、荻上にとっての原点だったのかもしれない。 ふと、その脇に描かれた○の連なりに気がつく。 (ああ、今でもこの遊びはあるんだ) 好奇心と懐かしさから、荻上はそれを踏む。 けんけんぱ けんけんぱ 踏むごとに、自分が昔に戻れるようで。 繰り返し、繰り返し、それを踏む。 そして唐突に足を止めると、 (わたしは何をやってるんだろう?) 自嘲する。 (あれだけの事をしておいて、昔に戻れる訳が…) 「あれ?荻上さん?」 聞こえた声が、荻上の思考を断ち切る。 荻上はゆっくりと振り返る。 そこにはコンビニの袋を下げた、笹原がいた。 (見 ら れ た !?) そう思った瞬間、荻上は駆け出していた。 大学ではなく、自宅へ向かって。 大学へ向かう途中で、笹原は荻上を見かけた。 その事にささやかな喜びを感じながら、思い切って声を掛ける。 「あれ?荻上さん?」 しかし、荻上はこちらを振り向くと、途端に駆け出して、角を曲がり、見えなくなってしまった。 (何だよ) (声を掛けただけで逃げ出されるほど、嫌われているのか、俺?) 笹原は少し落ち込みながら、歩みを再開する。少しだけ重くなった気がする足で。 (でも、何をしてたんだろ、荻上さん) (今度会ったら聞いてみようか…) 数日後、荻上は久しぶりに現視研の部室に向かった。 あの時のことを自分の中で整理するのに、それだけかかったからだった。 (大丈夫) (大した事じゃない) もう一度自分に言い聞かせると、ドアを開ける。 そこには今は一番会いたくない人がいた。 「やあ、荻上さん」 笹原は荻上の内心の動揺に全く気付かずに、いつもの声で、いつものように、彼女を見て挨拶する。 「どうも」 荻上は一瞬躊躇った後、それだけを口にすると、目を合わせないようにしながら、笹原から最も遠い席に座る。そしてノートを取り出してそれに向かう。 いつもの「私に話し掛けないで下さい」というポーズだった。 笹原はその様子を見ると、特に何も言うでもなく、さっきまで見ていたマガヅンの続きを読み始める。 部屋に荻上の鉛筆の立てる音と、笹原のめくるページの音が静かに響きあう。 読み終わった笹原がマガヅンを置く。その音は二人にはずいぶん大きく聞こえた。 荻上の鉛筆が止まる。 笹原は数度ためらった後、数日来の疑問を口にした。 「あ、あのさ、荻上さん。あの日はいったいどうしたの?」 「…何の事ですか」 荻上は笹原を見ずに固い口調で答える。 「いや、声を掛けたら急に駆け出すから、いったいどうしたのかなって思って…」 「…何でもありません」 「あ、そう 笹原の言葉は途中で途切れた。 荻上が泣いていたからだった。 ノートを睨みながら、拭うでもなく涙をこぼしつづける。 (私は何で泣いているんだろ) 荻上は他人事のように思いながら泣いていた。 そして泣きながら思う。 (見られたくなかった。聞かれたくなかった) (笹原さんの前では『変』じゃない、普通の女性でいたかった) (『それは何故?』) 気付きたくなかった。考えたくなかった。それを認めたら私はきっと許されない。許せない。 (私は…) 笹原は大混乱していた。どうして良いのか全くわからない。だが先輩として、男として、このまま放っておくのはいけないと思い、…ハンカチを差し出す。 荻上の目にそれが映る。慌てて自分のハンカチを取り出して涙を拭く。 笹原は少し残念そうにハンカチを引っ込めた。 二人きりの部室に、気まずい沈黙と、荻上が小さく鼻をすすり上げる音が流れる。 やがて落ち着いた荻上は、やおら荷物を片付けると、そのまま部室を小走りに出て行こうとする。 そして荻上の足が椅子の足の一つに引っかかり、倒れそうになって、笹原は思わず手を伸ばし、抱きとめた。 「大丈夫?」 「はい…」 そのまま少し時が過ぎ、笹原が口を開く。 「…えっと、ごめん」 「!」 荻上は慌てて笹原から離れる。笹原はそのまま言葉を続ける。 「本当にごめん。何か聞いちゃいけない事聞いちゃったみたいで…」 「…何で」 「え?」 「何で謝るんですか!?笹原さんは全然悪くないのに!」 「いや、その…」 「私が泣いたって、何したって、笹原さんには関係ないでしょう!!」 荻上は言った瞬間に後悔した。そしてその言葉を聞いた笹原の、傷ついた表情を見て、何も考えられなくなり、部室のドアを開けて全速で逃げ出した。 その途中で擦れ違った女性が、不思議そうに見つめていたが、荻上は気付かなかった。 「笹原さんには関係ない、か…」 笹原は呟く。 「そうかよ。関係ないのかよ」 声に苛立ちが混じる。だが、何故こうまで苛付くのかわからない。わからないから、さらに苛付く。 「くそっ」 笹原はマガヅンを乱暴にゴミ箱に放り込むと、部室を出ようとノブに手を伸ばした。 瞬間、勝手にドアが開き、「こんちはー」という間延びした挨拶と供に、恵子が現れる。 「お、アニキ。高坂さん、いる?」 「いねーよ」 いつも通りの恵子の態度が、いやに能天気に見えて、笹原は苛立つ。 「あ、そう。…そういえば、さっきあの変な髪形の人を見かけたけど、何か泣いてなかった?」 「…」 「まさか、アニキが泣かせたのか?まさかね~、優しいだけがとりえのアニキにそんな事…」 「お前には関係ねーよ」 言い捨てると、恵子を押しのけて部室を出て行く。 「何だよ、それ…」 一人残された恵子が呟く。 「…あ、そう!そっちがそうならこっちだって勝手させてもらうからな!」 一声叫ぶと、恵子は携帯を取り出し、適当な男にかけようとして、やめた。 「…何だよ。アニキもやるこたやってんじゃん…」 その声は少しだけ寂しそうだった。 その夜。 荻上は布団の中で泣いていた。 (いつもそうだ) (優しくされて、調子に乗って、傷つけて、孤立して…) (笹原さんは悪くないのに。悪いのは私なのに。それなのに笹原さんを傷つけて) (ごめんなさい) (ごめんなさい笹原さん) やがてすすり泣きが寝息に変わる。 そして、いつもの浅い眠りの中で荻上は思った。 (何で私は泣いていたんだろう) (私が人を傷つけるのは、いつもの事じゃないか) (だから、後でちゃんと謝って、以前のように先輩後輩として…) (『以前のように』?以前って何?私はいま笹原さんをどう思って) (私は(考えるな)笹原さんを(駄目だ)○○(そんなはずはない)) その瞬間、荻上の脳裏にいつもの悪夢が蘇る。 ただ『自分』に屋上から突き落とされる『あの人』の姿が、笹原とダブって見えた。 荻上は慌てて飛び起きる。 荒い呼吸を何とか治めると、急に馬鹿らしくなった。 小声で呟く。 「私が人を好きになる訳ない」 「相手が笹原さんだってそう」 「だってあの人は…あの人は、”オタク”なんだから」 この答えは少しだけ荻上を安堵させた。 荻上は布団から出ると、机へ向かう。夜明けにはまだまだ早いが、もう一度眠る気にはなれなかった。 そして、もうこれ以上この事について考えたくなかった。 …時が過ぎ、季節は梅雨に入る。 笹原と荻上の二人にはぎこちない会話しか流れない。 そんな中、恵子が地雷を踏む。それには多少の嫉妬もあったかもしれない。 「…ねえ、もう二人ってつき合ってんでしょ?」 「…はあ?誰と誰が?」 「え?あれ…違うの?あんたとウチのアニキなんだけど…」 荻上が用意しておいた答えを返す。 「『私がオタクとつき合うわけないじゃないですか』」 笹原は笑う。笑うしかない。 (あの日以来、自分と彼女は『ただの先輩と後輩』だと自分を納得させてきたじゃないか) (それが裏付けられただけだろ) (だから、怒る事も悲しむ事もないさ) 自分に言い聞かせながら、笹原は、ただ、笑った。 その後、いくつかのやり取りの後で、高坂の就職が報告され、ドタバタとともに高坂と咲が去って、一人、また一人と席を立つ。 笹原も席を立つ。納得していたはずなのに、覚悟していたはずなのに、ついさっき聞いた言葉は笹原の心をざわめかせ、それは言葉になった。最低の捨て台詞だと自覚しながら。 「俺も遊んでるヒマはないな」 荻上の心が凍りつく。 (そうか。笹原さんには遊びなんだ。現視研も、漫画も…) 場を取り繕うような大野の声に返事を返しながら、荻上は思う。 (これでいい) (これで自分の思うとおりになった) (でも…) その夜、笹原は斑目から借りたエロゲーに向かっていた。 自分の趣味からはちょっとずれていたので、手を出しかねていた作品だった。 黙々と攻略を続ける。 そんな中でヒロインの姿が荻上とダブる。 笹原の手が止まる。 (何でだよ。あそこまで言われて、何で気になるんだよ?) (気にしなきゃいいだろうが。先輩と後輩、それで納得したんだろ?) (けど、俺は、もしかして…) 笹原は再びゲームに向かう。 それ以上考えないために。 おまけ 「笹原さん!そろそろコミフェスの打ち合わせをしましょう!」 「え、ああ、そうね」 「部室でやる、って手もあるでしょうけど…ここは荻上さんの部屋でやりましょう!」 「え!?」 「ちょっと待って下さい!なんで私の…!」 「だって無関係な人に見せたくない物だってあるでしょう?原稿とか表紙のラフとか…」 「だから何で見せなきゃならないんですか!?」 「え~。せっかく売り子をしてあげるんだから、少しぐらい見せてもいいじゃないですか」 「絶対嫌です!」 「と、言う事なので、笹原さん。今度の日曜日、空けておいてくださいね♪」 「はあ…」 「話を聞いてください!!」 「いいですか、荻上さん」 「な、何ですか」 「荻上さんはコミフェスに自作の同人誌を売りに行きます。つまりたくさんの人に見てもらう立場な訳です。ここまではいいですね?」 「…」 「それなら私達に見せてもいいでしょう?」 「だからといって嫌なものは嫌です!」 「…わかりました。そんなに見せたくないなら、」 「私達が勝手に見に行きますから♪」 「全然わかってないじゃないですか!」「あ~今度の日曜が楽しみですねえ」「だから人の話を…!」 ~次第にFO
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月を見上げて 【投稿日 2006/10/09】 カテゴリー-笹荻 久しぶりの”デート”を終えて、笹原と荻上は手を繋ぎながら夜道を歩く。 少し肌寒い空気の中、繋いだ手だけが熱い。 ふと荻上が足を止める。 笹原も足を止める。荻上を見つめる。 荻上はただ空を見つめていた。 自然と笹原もそれを追う。 中空に浮かぶ正円にはわずかに満たない月。 二人で月を見つめる。 不意に荻上が口を開く。 「昨日が満月だったんですよ」 笹原が答える。 「そうなんだ」 それ以上言葉も無くただ月を見つめる。 「へくちっ」 奇妙な音を立てて荻上がくしゃみをする。 「あ、ごめん。寒かった?」 笹原の問いに、荻上は握った手にわずかに力を込めて囁いた。 「…暖めてくれますか?」 笹原はただ握った手により力を込めると、手を引いて歩き出した。 荻上はそんな笹原の腕を抱きしめるように寄り添う。 そんな二人の姿を月の光が照らしていた。
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手をつなごう 【投稿日 2006/03/21】 カテゴリー-笹荻 残暑か初秋か微妙な頃。まだ日中は汗ばむなか、笹原と荻上は 小店舗が並ぶショッピング街を連れ立って歩いていた。 笹原は率先して歩きながらも、振り返っては荻上に話しかけている。 「荻上さん、今日はけっこう本買ったね。荷物持つよ」 「あ、有難うゴザイマス」 照れたような笑顔で答える荻上。 そして荻上のトートバッグを肩に掛ける笹原。ズシリと重い。 『荷物持ってもらうなんて、付き合ってるみたい…じゃなくって付き合ってるんだった』 荻上はまだ、状況に馴染んでいない様子だ。 「笹原さんは今日は目当てのものは買えましたか?」 「はは…もうちょっと回ろうか」 何故かちょっと赤くなると笹原は、すこし左右を見てまた歩き出した。 優柔不断なところは見せまい、といったところだろうか。 荻上は横に並ぶより、ちょっと恥ずかしそうに後ろをついて歩いている感じだ。 まぁいわゆる書店やグッズの巡回、オタク的な買い物だが 二人で出かけるということは、初デートと言っていいだろうか。 『これはデート、これはデート……』 荻上はといえば、見た目にはわからないが舞い上がっている。 やはりそれはそれ、これはこれなのだろう。 道行く他のカップルは、腕を組んだり手をつないだり、暑苦しい事この上ない。 『手をつないだりしてこないのかな、笹原さん? 私から言わなくてもわかって欲しいんだけんども』 ふと洋品店の長いショーウィンドーに映った笹原と自分が目に留まる。 『笹原さん、カッコイイなぁ…。それに比べて私は大丈夫かな?前髪ちょっと切ったの大丈夫?』 歩きながらも荻上は前髪のチェックをする。 笹原が荻上から見てカッコイイのは欲目だから気にしなくていいし、 荻上の前髪も別段切りすぎてはいない。 むしろ、今日はアンテナが若干短くなり、跳ね角度が高くなっているかもしれない。 ふと気が付くと、前方で笹原が少し微笑んで振り返り、立ち止まっている。 荻上は歩きながらガラスに映った自分を見ていたつもりが、いつのまにか 立ち止まっていたみたいだ。 「あ、すみませんっ」 はっと気付いた表情になり、手櫛で前髪をちょっと掻き分けながら 焦って小走りに笹原に駆け寄る荻上だった。 「中に飾ってあった洋服のコーディネート良かったね。 秋物だけど、ああいう上着とスカートも似合うんじゃないの?」 「は?ええっ、スカートですか?」 「荻上さん、スカートも履いてみたらいいのに」 「持ってないわけじゃないんですけどね(苦笑)」 そんな会話をしながら、並んで歩く二人。 前方から早歩きのビジネスマンが、その間に割って入って通過する。 『やっぱり手をつないで歩いた方がいいんじゃないかなぁ』 割って入られて、少し気を害した荻上だったが、会話は続く。 「スカートっていってもさ、その、ミニスカートとかロングスカートは……」 「持ってませんネ。ミニは恥ずかしいですし、ロングは似合わない気が―――」 荻上は自分の足元、今日も履いているカーゴパンツを見ながら答える。 「ミニは……見てみたい気がするけど、他の奴らに見せるのは勿体無いかな(苦笑)」 笹原も荻上のズボンに目を遣る。 「………!! じゃ、じゃあコスプレさせられるのも止めてくださいよ!」 「あーーー そうねぇ、まあでも、あれはあれで」 「………笹原さんもコスプレ見たいんですね」 荻上はジトっと笹原を睨む。 「やー、だってほら、か、可愛いし……あ!ロングも似合うよきっと」 誤魔化すように顔を背け、右折していく。 それに気づいた荻上が追いかけて曲がる。 『うーん、しかし手を繋ぐっていっても、握手するみたいに握るのか…… こう、互いにしっかり指を組むのか、私が指を握る感じでとか……? もしくは腕を組むのが良いのか……そしたら肘同士なのか…… いやいや、身長差があるよな?』 もんもんと考え始めた荻上だった。 『長袖だったら私が笹原さんの袖口をつまんだり、上着の裾を掴んだりしたら 可愛い感じがする、萌える、と聞いた事は有るけど、それは周りから見られて 恥ずかしい姿な気がするしなぁ』 などと考えながら歩いていると 『あれっ!?』 横に歩いていたはずの笹原の姿が無い。 荻上はキョロキョロと焦って周りを見回すが、見つからない。 『携帯電話で………』 カーゴパンツの前後のポケットを手でポンポンと探るが見つからない。 『鞄の中か――――!!』 ガックリと青ざめる荻上だった。。。 荻上は少し引き返したり、道沿いの店を覗いてみたりして 笹原を探す。 『いねぇ………』 財布は持っているし、知らない土地でもない。が、急に不安感が増す。 『このまま見つからなかったら、どうしよう? 笹原さんはいつまで私を探すのか…… 私もいつまで探して帰るのか…… 駅で待つか?でも改札も一つじゃないし』 笹原がこの後、行きそうなところも考えてみたが分からない。 『まだ買うもの有りそうだったけど、なんだろ…?』 少し誤魔化すような態度だった気がしてきた。 『まさか18禁同人誌とかエロゲ買ってて姿を消したとか??』 そんな理由ではぐれたのか?、、、と考えると 荻上の眉間のシワが深く、目は鋭くなってくる。 『買うのは良いんだべ。でもはぐれるのって、 私をほったらかしっていうか……あーもう!』 額の汗をぬぐいながら、ぷんぷんと怒りが顕わになってくる。 『だいたい暑いし……地球温暖化のせいでっ』 と、その時、向こうを歩く人影に早歩きで近づく荻上。 しかし背格好が似ているだけで人違いだった。 『あーー焦った…声掛けなくて良かった…(汗)』 とぼとぼと駅へ向かって歩く荻上。 そこへ、向こうから走ってくる笹原が見えた。 荻上は一瞬驚き、笑顔になるが、すぐに不機嫌な顔に戻り、その場に立ち止まる。 笹原はといえば汗だくで駆け寄り、荷物を肩から下ろす。 「ゴメン!!いつのまにかはぐれちゃって……携帯も俺が持ってたね(汗)」 「………どこに行ってたんですか?」 拗ねた態度の荻上に、笹原は苦笑しきりだ。 「うん、ちょっとね」 『私を見ていてくださいよ!なんて言えない……けど、分かって欲しい、けど…』 「……………」 荻上は無言でうつむく。 「これ、何かペアのもの記念に買いたくって」 「へ?」 紙袋を渡された荻上は、なんだろうという表情になる。 「ペアになってる小さなリングの付いたストラップなんだけど…… で、見ている時に、荻上さんが居ないのに気づいて、買ってから 荻上さんを探したんだけど―――」 「もう、そんなのではぐれてちゃ、本末転倒ですよ!」 「うん、そうだね、ほんとゴメン」 叱られてしょげる笹原と、拗ねた様子の荻上は、駅へと歩き始めた。 夕方になり、人込みがごったがえしている。 その時、荻上はぱっと手をとられた。笹原の汗ばんだ熱い手だ。 周りの人の流れではぐれないように、荻上は引き寄せられていった。 荻上は、てのひらに、腕に、笹原の汗を感じる。 『こんなに汗だくになるぐらい、探してくれたんだな……』 感激してくるが、今更、拗ねた態度は崩せない。 「はぐれないように、ね」 「ええ、そうですね……」 ホームで次の列車を待ち、行列に並ぶ二人。 「今度から、はぐれないように手を繋いでたいんだけど、駄目かな?」 「………いえ…・・・・・・駄目じゃないです」 「あ、良かったよ」 ほっと溜息をつく笹原。 「荻上さんって、恥ずかしがりでしょ?だから駄目かと思って」 「いえ、私も―――大学とかでは駄目ですけどね」 「はは、そうだね。現視研のみんなに見られたら、何かと大変だしねぇ(苦笑)」 列車が到着し、手を繋いだまま乗り込む。 「あ、バッグちょっと良いですか」 手を離してトートバッグを受け取る荻上。 笹原は手が離れたのが残念なような微妙な表情だ。 その間にも、ゴソゴソと荻上はハンドタオルを取り出す。 「これ使って汗を拭いてください」 「え?ああ、うん、ありがとう」 受け取ると、汗で冷えた首や顔をぬぐう。 そして荻上はバッグを右手に持ち床に下ろすと、 左手で笹原の手をとる。 「手を繋いで、離さないでくださいね」 「そうだね、別の事を考えてても、はぐれないしね(苦笑)」 「まあ、そうですね……あと、さっきのペアストラップ、ありがとうございます」 「あ、うん、でもごめん」 「いえ、もういいですから」 荻上の表情はようやくほぐれてきた。 『ペアのストラップか…離れてても、繋がってると思えたら良いな…』 「離れてても、手を繋いでるつもりで居れたら、ね」 笹原に言われて、同じ事を考えてたことに驚いて顔を上げる荻上。 「………」 じっと笹原を見つめる。 「なかなか難しいけどねぇ(苦笑)。ともかく、頑張るよ」 そんな笹原の手のひらを、荻上はグッと握り直し、笹原の存在を確認する。 「二人の時間を、こうやって、手に、にぎって行きましょう、ね」 「二人の時間、ね……うん、そうだね」 笹原は優しい眼差しを荻上に向ける。 『笹原さん、今日はこのあとうちに来るよね…絶対』 てのひらから伝わる感触と眼差しで、荻上は確信して赤面した。 『列車の中じゃなかったら、キス……してきてそうなタイミングだし……!!』 そして列車の人込みの向こうで、ギラリとした視線でニヤリと微笑み、 その二人を見つめる女性の姿が有った。 目立つ黒髪は纏められ、今日は帽子も被っているので分かりづらいが大野だ。 左手にはマスクが握られている。 「はー会話は聞こえないけど、萌える……」 田中のうちから大学に帰っている途中での偶然の遭遇に、 喜びが隠せない会長だった。 携帯カメラでラブラブな二人を撮影し、学祭のコスプレを 強要するネタにしようと邪悪な計画が発動中であった。
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【種別】 人名 【初出】 Ⅲ 【登場巻数】 Ⅲ 【解説】 商店街の電器屋の主人。 眼鏡をかけた痩せ過ぎの中年男性。 中央商店街・黒絵ちゃんファンクラブ会長。
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会いたくて-おまけ- 【投稿日 2006/01/21】 カテゴリー-現視研の日常 翌日。昼下がりの部室には、笹原と荻上、それに大野、斑目の姿があった。 皆、思い思いに自分の時間を過ごしている。そんなまったりとした空気の中、突然勢いよくドアが開かれた。 全員の視線が向けられた先にいたのは、溢れんばかりの笑顔で挨拶する春日部であった。 「ういーす!!」 心なしか肌がつやつやとしている。そんな春日部の昨日までとはまるで違うテンションと上機嫌ぶりに押されてか、 みんなそれぞれ気圧されたようにぱらぱらと挨拶を返す。 そういった空気を気にした風もなく、当の春日部はつかつかと部室内に入ると笹原へ歩み寄り、 その肩をばんばんと叩きながら喜色満面に言った。 「や! ササヤン昨日はどうもありがとね!」 「……え? あ、ああ。うん」 春日部と共に視線の集中を浴びて、困った笑いを浮かべながらとりあえず相槌を打ちつつ、 笹原は「昨日?」と記憶を掘り返していた。 昨日は荻上の機嫌を直してもらうためにかなりの労力を割いたので、他の記憶がいまいち霞んでいたのだ。 (そう言えば、部室に来る前に春日部さんと話をしたっけ) ようやく思い出したその時の会話の内容と今の春日部の様子を照合し、脳内で一定の結論を導き出す。 「…何か、うまくいったみたいだね。良かった」 「おかげさまでね。ばっちし!」 にっひっひ、と笑いながらブイサインを作る。周りの者は一体何の話かと全くついていけていない。 「お礼に今度ご飯でも奢るから」 「別に気にしなくていいのに」 苦笑しながら笹原が答える。隣から感じる荻上の視線がちくちく痛い。 (というか気のせいじゃなくて何か本当に痛い。特に荻上さんがいる側の右太ももが痛い って痛い痛い痛たたたたたたたってめちゃくちゃツマまれてるーッ!?) よく見ると、表情一つ変えずに荻上が机の下で笹原の右足をぎりぎりとつまみ上げていた。ガスコンロであれば火力が最大になるくらい捻り込んでいる。 「お、荻上さん?」 「何デスカ? 笹原さん」 冷や汗をたらしながら問う笹原に、微かな笑顔で応える荻上。目は少しも笑っていない。 (ああ、愛が痛い…) そんな二人の様子には誰も気付いた風もなく。 「で、何があったんですか? 咲さん」 みんなの疑問を代表してと言うか、我慢出来ずに大野が訊ねると、春日部は笑いながら手を振って言った。 「ああ、そんな大した事じゃないよ。ただ、昨日高坂が会いに来てくれたってだけ」 何故か斑目の眉がぴくりと動いた。そして荻上の手から笹原の足が解放された。 バレないように小さく息を吐く笹原。 大野はそれで合点がいったようで、嬉しそうに重ねて訊ねる。 「わ、良かったですね! それで今日はご機嫌なんですね。 ……あ、でも忙しいんじゃなかったんですか? 高坂さん」 「うん、何かマスターアップ? がどうとかで、締め切りが近くてかなりヤバいってさ。 すごく疲れた顔してた」 ははは、と笑う春日部の顔に昨日までの悲壮感は無い。 忙しい中、無理をしてでも自分に会いに来てくれたということで、また一つ関係が深まったのだろう。 聞いている大野もそれを感じてか、自分のことように嬉しそうな顔をしている。 そんな中、斑目と笹原は春日部の言葉から他のみんなと全く違うことを考えていた。 (……マスターアップ? プシュケでそろそろマスターアップと言えばアレか?) (高坂君、ひょっとしてアレを手がけてるのかな? すごい) どうやら二人とも新作のチェックはかかしていないようだ。知り合いが関わっているとなれば尚のことだろう。 そんな二人の妄想を余所に、大野と春日部はまだ話を続けていた。 元気になったお祝いに一緒にコスプレをしましょうとどさくさ紛れに持ちかける大野を、 何とか誤魔化そうとしている春日部。 荻上は自分に火の粉が降りかからないよう、出来るだけ関わらないよう努めている。 旗色の悪さを感じ取ってか、春日部はわざとらしく腕時計に目をやると、大きく声を上げた。 「あ! 私、そろそろ行かなきゃ」 「えー、今来たばかりじゃないですか。せっかく一緒にコスプレ出来ると思ったのに」 残念そうに俯く大野の肩をぽんと一つ叩くと、春日部は少し困ったように笑って言った。 「ほら、コーサカも頑張ってることだし、私も頑張らなきゃってね。こっちもいよいよ大詰めだし」 そう言われては大野も引き下がるしかない。 「でも卒業する時は絶対一緒にコスプレしてください」と真剣に見つめる大野に、春日部は苦笑しながら頷いた。 心の中で卒業までに何とか誤魔化す方法を考えないとな、などと考えつつ。 「何かばたばたしちゃって悪いね。それじゃ、また」 閉じられるドア。騒々しかった分だけ、それが無くなると反動で静けさを生む。 皆、何となく小さく息をついた。 「さて、俺もそろそろ戻るかな」 コンビニ弁当の残骸を片付けながら斑目が立ち上がると、軽く挨拶を交わして部室を後にする。 その横顔は相変わらず少し寂しげであった。 (ここに来るのもそろそろ潮時かな) ふとそんな思いが頭をよぎる。久しぶりに見た春日部の笑顔に、何となく胸の奥がざわついた。 何故笹原が礼を言われたのかも気になった。漠然と感じる疎外感。 (いかんね、どーも) 頭を振って気持ちを切り替える。今日は帰りにアキバへ寄ろうと決意する斑目であった。 「それじゃ、私も田中さんと待ち合わせがあるんでそろそろ」 そう言って大野が席を立つ。 「……お二人はどうされるんですか?」 思い出したように言いながら笹原と荻上の方をちらりと見やる。 その表情は、暖かく見守ってと言うか、生暖かく見定めていると言うような感じだ。 どう答えたものかと荻上が言葉を探していると、笹原が笑いながら答えた。 「あー、うん。もう少しここにいるよ。今日は特に急ぎの用事もないしね」 大野は何となく頷くと、「それでは、ごゆっくり」と言って立ち去った。 去り際の笑顔が何となく含みを感じさせる辺り、さすがは大野と言うべきか。 そして部室には笹原と荻上の二人が残された。 窓から差し込む光はまだ色を帯びず、昼と夕の間であることを示す熱を感じさせた。 笹原は伏せてあった本を手に取り、荻上は閉じていたノートを開いて再び絵を描き始める。 何となくまだ二人きりになると思うように会話が進まない。 お互いを意識するぎごちない空気が漂う中、共に会話の糸口を探す。 先に口を開いたのは荻上の方だった。 「……あ、あのっ」 「ん?」 笹原が本から荻上へ視線を移すと、荻上はノートへ顔を向けたまま手を止めて言葉を続けた。 「さっきの、その、春日部先輩の事なんですけど……」 「ああ」 その言葉だけで荻上が何を聞きたいのか伝わっていた。 いつもの癖でつい腕組みをして笹原は答えた。 「昨日さ、ここに来る前にばったり出くわしてね。ちょっと話し込んだんだ」 「はあ」 荻上の顔が笹原に向けられる。 「高坂君としばらく会ってないって言うから、それじゃ会いたいってメールしてみたらって言っただけなんだけどね。 やっぱり相手に気を遣って遠慮してたみたいで」 「遠慮……」 「ま、俺みたいなのが春日部さんにそんな偉そうなこと言うのもおかしな話だけど、 結果として上手くいったみたいで本当に良かったよ」 そう言って軽く笑った。荻上はその隣で何やら考え込んでいる。 その様子に気付いた笹原は気遣うように声を掛けた。 「荻上さん、どうかした?」 「あ、いえ」 慌ててハッと顔を上げると、笹原が心配そうに見つめていた。その目を見て荻上は少し安堵する。 そして一瞬躊躇った後、荻上は笹原の話を聞いて胸に浮かんだ疑問を口にした。 「……その、やっぱり仕事に就いてしまうと、時間が思うように取れなくなったり、 ……するんですよね」 言葉を形にするたびに、荻上の表情が少しずつ翳りを帯びていく。 まるで不安が形になって、それに蝕まれるように。 「忙しくて、会いたくても会えなくて、だんだん気持ちも擦れ違っていって、そして…」 気が付けば荻上の目には涙が浮かんでいた。 我慢しようとすればするほどそれは勢いを増し、膝の上で握りしめた手の甲へとぽつぽつ落ちていく。 「……私たちも、そうなっちゃうんでしょうか」 かすれ声で呟く荻上。その姿に笹原は狼狽していた。 いくら何度か経験した場面と言えども、やはり目の前で泣かれて慌てるなと言うほうが無理というものだ。 (ど、どうしよう。何か言わなきゃ。何か) 頭を巡らせるものの、こういう時に限って全く何も浮かばない。何とかしなければと思うほど気持ちだけが空回りする。 このまま何も出来なければ、荻上は放っておかれていることになる。 (それだけは避けないと) 必死に考えた挙げ句、何も思い浮かばなかった笹原は、黙ってそっと荻上の背を撫でた。 ゆっくりと、繰り返し。 俯いているので表情は分からないが、やがて荻上の肩の震えは次第に治まっていった。 「その……」 笹原の声に、荻上の体がぴくりと反応する。 「上手く言えないけど、俺はこれからもずっと荻上さんと一緒にいたいと思うし、 そのために出来るだけのことをしたいと思ってる」 そのまま耳まで真っ赤になりながら、背中に回した手に力を込め、荻上を胸に抱き寄せた。 「確かにまだ先のことは分からないけど、でも、分からないからこそずっと続いていくことだってあるわけで」 まるで自分に言い聞かせるように、必死に言葉を綴る。 しかし、荻上を抱き寄せたことで気力を使い果たしたのか、頭の中はオーバーヒートし、 段々自分が何を言っているのか分からなくなってきていた。 「だっ、だから、その…。えーと、何て言えばいいんだろ。と、とにかく!」 混乱した頭で最善の言葉を考えると、それをそのまま口にした。 「これからも、ずっと俺と一緒にいてくださいっ!!!!」 言い終えると同時に深く息を吐く。そして静寂。荻上は笹原の腕の中で俯いたまま何も言わない。 「……荻上さん?」 不安になった笹原が恐る恐る声を掛けると、荻上は小さく肩を振るわせた後「ぷっ」と吹き出した。 そのまま体を起こすと、くすくすと笑いながら目元の涙を拭う。 「え、えーと?」 「すみません、何か最後の笹原さんの言葉が妙におかしくて」 そう言ってまた笑った。笹原は自分が必死の思いで伝えた言葉がまるっきり効果無しだったことより、 ともかく荻上の笑顔が見られたことで、どっと脱力した。同時に荻上が解放される。 「笹原さん? 大丈夫ですか?」 「あー……、いや。大丈夫。ちょっと気が抜けただけ」 ははは、と乾いた笑いを浮かべて返す。 荻上はようやく落ち着いたのか、椅子に座り直すと笹原を見つめて言った。 「笑ったりしてすみません。でも、笹原さんが言ってくれたこと、すごく嬉しかったです」 真っ直ぐに向けられた視線と言葉を受けて、笹原は再び赤くなった。照れ隠しに何とか笑おうとしながら答える。 「あ、は、はは。そ、そう? いや、それなら良かった。本当に」 「はい」 真剣な面持ちで頷く荻上。そしてふと会話が途切れ、お互いに視線を外す切っ掛けが掴めないまま見つめ合う。 今までの会話の流れの所為か、先程まで体に触れていた所為か、何やらあらぬ考えが浮かんできてしまって狼狽する二人。 (え? え? 何? この雰囲気。イケってこと?) (笹原さん、何か、目が真剣だぁ…) 黙り込んでいるためか、心臓の音がやたら大きく聞こえる。喉が張り付いて声が出ない。 何を話せばいいかも思いつかない。そうして視線を絡ませたまま、時計の秒針だけが音を立てて回り続ける。 「お、荻上さん……」 「……あ」 二人の距離が次第に近づく。瞼を振るわせる荻上の肩をそっと手で包み、笹原が顔を寄せた。 受け入れるように目を閉じる荻上。夕刻間際の光が二人を照らす。 その影がやがて一つに重なろうとしたその時。 「こーにょにょーちわ~~」 音を立ててドアが開かれると同時に現れる芸人朽木。正に「空気を読んだ」仕事と言えよう。 次の瞬間の笹原と荻上の行動は瞬速だった。まず、ドアノブが回される音がした時点で、 二人息を合わせたように机の方へ向き直る。 そしてドアが開かれようとした時にはすでに近づいていた椅子も微妙な距離を取り戻していた。ここまででおよそ2秒。 朽木が姿を現した時、笹原と荻上はそれぞれまるで何もなかったかのように本を読み、絵を描いていた。 「や、やぁ、朽木君」 「……こんちは」 それぞれ挨拶を返す。慌てたためか、若干呼吸が乱れているのが何とも怪しさ抜群だ。 しかし、朽木はまるでそんなことには気付かず、鼻歌など歌いながらそのままいつもの席へ腰掛ける。 こっそりと安堵のため息をつく二人。 そして何故かその様子をぎりぎりと歯ぎしりしながら児文研の部室で双眼鏡越しに見つめている大野。 今にも悔し泣きせんばかりの表情で、口元のハンカチを噛みちぎらんとしている。 「くぅ~~~ちぃぃ~~~~きぃぃぃぃぃぃ~~~~~~ッ!!!!!!!」 そのあまりにも禍々しいオーラに、児文研の人達はおろか、無理矢理連れて来られた田中まで声を掛けられずにいる。 児文研の人達に断りを入れている田中の背中が物寂しい。 そしてまさか本当に生暖かく見つめられていたと言うか、覗かれていたとはつゆ知らず、 笹原と荻上の愛のメモリーは今日もこうして一日を終えるのでした。めでたしめでたし。